デビッド・ミスキャベッジ氏は1960年に生まれ、サイエントロジストとして人生のほとんどを過ごしています。 彼は、英国サセックス州セントヒルに到着した12歳の神童として今だに記憶されていいます。 セントヒルは1959年から1966年まで、L. ロン ハバードの家でした。彼がマインド(これまでの存在を通しての、思考、結論、決断、観察、知覚の記録が蓄積されたもの)とスピリット(生命力、基本的なそれ自身)に関する先駆的な研究をし、公式化した場所で、宗教のトレーニング・センターでした。 デビッド・ミスキャベッジ氏はサイエントロジストの間で尊敬され、有名なイギリスのハバード・ガイダンス・センター、セントヒルで最年少のプロフェッショナル・オーディターとして頭角を表しました。
Scientologyの修道会のシー・オーガニゼーションに入った後わずか1年後、16歳の時に、彼はL. ロン ハバードと直接仕事をするごく少数のうちの一人に選ばれました。 ハバード氏はこの17歳の能力を認めて、デビッド・ミスキャベッジ氏を、オリジナルScientologyトレーニングのためのフィルム撮影監督に任命しました。
その後すぐに、ハバード氏の要請により、世界中のScientology教会に関するプロジェクトを監督する幹部役員、アクション・チーフを務めました。 18歳になるまでに、デビッド・ミスキャベッジ氏は、L. ロン ハバードから最も重要な任務を任される存在になっていました。 教会史上で、ミスキャベッジ氏ほど、L. ロン ハバードと深く関わった役員はいませんでした。 彼らは常にコミュニケーションしていました。
後年、L. ロン ハバードが集中的な研究に携わり、教会運営の日々の運営から離れていた間に、Scientologyの支配権を握ろうとしていた腐敗した一部の教団員を見つけ、一掃したある勇敢な教会役員について言及しています。
もう少しで起こるところだった事を顧みて、ハバード氏はこう述べました。
「もう少しで敵の手に落ちるという時に、教会を管理していなかったことを許してください。 結局は、万事解決しました。 なぜって? 本物のサイエントロジストが、そうなるようにしてくれたからです。 私の信念は間違っていなかったことが証明されました。」
ここでL. ロン ハバードが言及した「本物のサイエントロジスト」こそ、デビッド・ミスキャベッジその人でした。
1982年にハバード氏は、教会の法人の再組織化を要請しました。教会や宗教が永続すること、L. ロン ハバードの哲学、ポリシーや基本的な宗教の教義の用語である、「ソース (Scientologyの創設者で源、L. ロン ハバード)」の教材に常に忠実であることを確実にするためにです。 その目的を果たすために、L. ロン ハバードの指導により「リリジャス・テクノロジーセンター」が創設されました。ScientologyとDianeticsの商標を所持し、Scientology宗教を保存し、維持し、保護するためです。 ハバード氏は、ミスキャベッジ氏をこの教会組織の理事に任命しました。
ハバード氏は、デビッド・ミスキャベッジ氏を、彼の残りの人生の個人的な業務を監督し処理する組織の会長としても任命しました。
L. ロン ハバード は、Scientologyの未来の拡張の青写真を詳細に示しました。 彼は、すべての源の教材を確証し保護することを含め、拡張に不可欠だと思われるプロジェクトの概略を描きました。 彼は、自ら指導した長年の友人であるデビッド・ミスキャベッジ氏が、これらのプロジェクトを遂行し、教会を保護し続けると、完全な信頼を置きました。
1986年にL. ロン ハバードが他界した後、歴史が証明しているように、ミスキャベッジ氏が多くの挑戦的な時を通してScientologyを導いてきました。それはどの宗教においても、創設者が他界した後に存続するための真のテストでした。 実際、ミスキャベッジ氏は、アメリカ合衆国でScientologyの全面的な宗教認可を勝ち取り、この宗教を国際舞台へと導くことで、その存続を確かなものにしたのです。
それ以来、デビッド・ミスキャベッジ氏はL. ロン ハバードの遺産を未来へ確実に引き継ぎ、彼の理想像を実現し続けています。 その結果、Scientologyは、20世紀に出現した、唯一の主要な宗教として、現代の他のどの宗教よりも速く成長しています。
「信頼と友情は、炎の中で鍛えられ、人生という金床の上で何度も叩き延ばされる中でつくられるものです。 私たちは一緒にたくさんのことを経験しました。 あなたが私を信頼しているのと同じくらい、私もあなたを信頼しています。」 L.ロン ハバードからデビッド・ミスキャベッジへ
信頼の星
1982年10月に、ハバード氏は「信頼の星」ピンをデビッド・ミスキャベッジ氏に授与しました。 この栄誉は、中心にダイヤモンドをあしらったユニークなゴールドのピンと、その重要性を記した証明書によって記念されています。 L. ロン ハバードの書いた感謝の言葉とは、「そのピンとカードを持っている人は状況を真っすぐにし、信頼され得、そのように振舞っているふりをしている他の人たちの上をいくという考えに触発されました。」
さらにハバード氏は、カードとピンは、経験から「ためらいなく信頼できる」人だと知っている人を象徴すると説明しました。
ミスキャベッジ氏に対する信頼の星を贈るにあたり、L. ロン ハバードは次のように記しました。「信頼と友情は、炎の中で鍛えられ、人生という金床の上で何度も叩き延ばされる中でつくられるものです。 私たちは一緒にたくさんのことを経験しました。 あなたが私を信頼しているのと同じくらい、私もあなたを信頼しています。」
カードの裏にはこう書かれています。「このピンを着けている人はL. ロン ハバードのために自ら話しています。」
この信頼の公式声明は、1980年初頭、ハバード氏が調査と著作のために、公の場から身を引いたためにとても重要なものでした。 彼は、デビッド・ミスキャベッジ氏が成長し続ける教会や、安定したリーダーシップを必要とする運動への要求を満たすことができると信頼しました。